人生を楽しもう!
今日は天気も良かったので
近くの公園に散歩に行きました
梅の花がチラホラ咲き始めてました。
以前、お店の前にヒマワリを植えていたとき
多くの若者に言ってました。
「花が咲けばヒマワリと気付く人は多い」
「苗の段階で気付けるような、そんな人生のほうが楽しい」
道端に咲いている花があれば
ふと足を止めて、植物を観察する
そんな生き方って素敵じゃないですか?
みなさん【QOL】って言葉聞いたことありますか?
Quality of lifeとは、「生活の質」と訳され
医療や福祉の現場で多く使われてきた言葉です。
最近ではSNSを通じて【QOL】について
多くの若者たちが意識しているのかと思います。
「QOL爆上がり~♪」など
本来は医療の現場で、身体的、精神的な苦痛を抱えいる患者が
いかに人間らしい、またはその人らしい生活を送れるか?
と、いった観点から治療などに当たるための指針とされてきました。
その言葉の本質を考えれば、医療現場だけにとどまらす
WHO(世界保健機構)によれば
【健康】とは
疾病がないということだけでなく、身体的、心理的
そして社会的に満足した状態(social well-being)と定義している。
時代の進化、テクノロジーの進化において
人々の【幸せ】の価値については
経済的な部分に関心を持ち、尺度は客観的で普遍的な物差しになる事が大きかった。
21世紀に入り、技術はさらに進化し
革新的な技術は情報ツール(人工知能など)へ集約し
私たちの生活を取り巻く環境はさらに変わっていった。
情報通信革命(society4.0)は個々の人に見合った価値しか提供できないのです。
つまり、興味を持たないとその情報は自分自身の生活に取り入れにくい
または、全く意味を成さず、そこで差が生まれるのです。
経済面で見ても、日本を含めた先進国の成長スピードは鈍化し
人々は安定した将来像を描きにくくなっている。
それまでの単純な【経済力】という事に対しての
価値尺度に寄り添うことは難しくなった。
こうして人々の価値尺度は失われ
それぞれが自己の幸福を見出していく事が求められる時代へと移っている。
それは主観的でそれぞれの人にあったオリジナルなのです。
10人10色ってやつですね
昔の人は素敵な言葉遺してくれてる。
だからこそ、身体的、心理的、そして社会的に満足した状態
健康の概念であったQOLが、現代では、幸福の尺度として注目されている。
価値基準(価値観)は人それぞれだが
現実的に、人が生きていくうえで
お金・人や社会との繋がり・健康
この三大要素は欠かせないと考えられる。
◆日本連合教育会東京大会の記念講演(教育者たちの講演)で
・新学習指導要領の背景
・どうすればwell-beingになれるか?
・これからどういう教育にしていくか?
と、教育現場においても
well-beingについて考えられています。
僕が思うに、このwell-beingは
時代に沿った改新的なものではなく、昔の考え方に戻す。
そのように感じております。
何が正しくて、何が正しくないか?
子供たちの個性をつぶしてないか?
子供たちの夢をつぶしてないか?
これからの日本を担う若者たちの
斜め上からくる創造的なアイデアを
周りの大人たちがサポートする
学校教育、社会教育、地域教育、家庭教育
様々な観点から未来を担う若者をサポートできるような
そんな社会になりますように。
最近コロナ前のように
多くの若者がお店に相談に来てくれている
「人は人である」それ以上でも以下でもない。
多くの若者たちの悩みを聞くにつれ
共通点があることに気づいた
それは「他者と比べる」または「他責にする」
自分の思考力、判断力、行動力を
今一度見直せば、もっともっと人生は楽しくなるはず。
人生は思い通りになる。
つまり【自分は不幸だ】と思ってる人が多いのです
自己肯定感がなく、何をやっても楽しくない。
自分は不幸だと思うのは
情報のリサーチ能力も原因のひとつです
それが先ほどいった情報通信革命において
間違った情報を自分に当てはめてしまう。
悩みが相談がある方は
気軽にお店に立ち寄ってみてください。
※注意
変わりたいと思えば、殆んどの人は変われるのですが
「変えれるものなら私の人生変えてみろや!」
って感じで来られても困るのでww
その辺はしっかりと自分の意思を持ってきてくださいね。
春の訪れを感じながら
生きられるって幸せ。
【幸せ】【幸福】などと聞けば
少々胡散臭いと思いますが
日本において【幸せ】【お金】の話は
なぜかしらタブーでしたよね?
群集心理ってやつですかね?
ともあれ、まだまだ世の中は大変な時期ではありますが
解釈の仕方、物事の捉え方で
QOLを爆上げさせましょう!
どうせ生きるなら
辛く悲観的に生きるんじゃなく
楽しみながら生きましょや。
この記事を書いた人
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2011年の東日本大震災をきっかけに【便利になりすぎた日本】で何不自由なく当たり前のように生きている自分が嫌になり言葉も地理も分からない東南アジアを携帯電話やインターネットの環境も断ち、2カ月間バックパッカーをして何も無い体一つの状態で生活してみる、そこで沢山の人々と接して生活していくなかで人とのコミュニケーションの大切さを知る。
コミュニケーションの大切さや日本の良さ、これからの日本のあり方を若者やお年寄りの方と話し合えるような場所、人が集まるような場所を作りたくて「老若男女集まるにはクレープ屋だ!」と、思いクレープ屋をはじめる。
多くの人に生きる喜びを伝えていきたいです。
このままでは人間は人工知能に支配される。と、本気で思っている(笑)
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