若者の夢

松山市にある

クレープ Hi5

です

大晦日の晩から

若者の夢

について、あるお客さんと熱く語り合ってました。
若者の溢れんばかりのエネルギーを地域の発展や地域を活発にする源にできないか?

日本は本当に恵まれている国で、他国に比べても環境的には夢が叶いやすい。(もちろん努力は必要)
しかし、自分の気持ちを押し殺して家族や友達など周囲の目を気にして夢を伏せてなんとなく生きている人が多いのも事実。

そんな若者(若者に限らず)たちの

夢に対する想い

を出来る限りつなげていきたい。

そんな想いでお店をています。そして大晦日、元旦と連日来店してくれて熱く語ってくれたある方も
同じような想いで今まで日々勉強をしていました。

夢は語れば叶う。
夢はあきらめなければ叶う。
夢は逃げない、逃げるのはいつも自分。
など、夢についての言葉をみなさんも耳にしたことがあると思います。

【将来の夢】と【寝ている間の夢】みなさんはどんな違いがあるとおもいますか?
僕は全く同じものだと思っております。

僕の夢には僕の知ってる人が多く出てくるし

みなさんの夢の中にはそれぞれの経験や思い出から
夢が創造されているのだと思います。

高所恐怖症の僕がジェットコースターに乗るのを頑なに拒んでたとき
一緒に居た友人がこう言いました。
「不安や恐怖は己の想像力」

・・・確かに「落ちたらどうしよう」と考えてばかりいた僕は
「ハッ」と気づかされました。
結局ジェットコースターには乗ってないですけどね(笑)

夢の話に戻ります。
夢も同じで、自分の経験や考えから空想の世界を作りだし
そこに存在し、物語(夢)の中を進んでいくものだと思ってます。

現実世界で知り合う人に聞いてみても
その存在に気付いてる人はそう居ません。

僕は夢の中で【夢だと気づく事ができる】のです。
夢の中で夢に気付くと「どうせ夢の中だからどうなったっていい(自己防衛はしなくていい)」と考えるようになり、様々な挑戦ができるのです。

みなさんも怖い夢などを見て

はっ!

と目覚めて「夢で良かった・・・」
なんて経験はあると思います。

その目覚める瞬間はどんなシーンですか?
絶体絶命の時ではないでしょうか??
何かに追いかけられて、追い詰められたとき。
何かに殺されそうになって息の根を止められる前。
どこかから落ちてて、もう死ぬ。と、感じだ時に目覚めてるのではないでしょうか?

僕は違います。
そんな状況の中でも夢の中だと気づいて
そんな絶対絶命の中でも、その【恐れるもの】に対して
立ち向かっていったりします。

夢の中でそれらをできるようになってから
僕は途中で目覚めても、夢の途中からまた夢を再会できるのです。

この話をみんなにしても「絶対うそ」と、気持ち悪がられますが
先日知り合った女性の方は

「あたしも夢の中で夢に気付ける、無茶できる」と言ってました。

映画マトリックスのように、夢の中がメインの生活になる日が来るのもそう遠くはないかもしれません。
夢の中で、やりたい事をやり、どんなことでも挑戦できる生活。
もちろん、夢の中でやりたい事と、言っても【それ】に対する【知識】はどこかで補わないといけません。

みなさんも夢に向かって、たくさんの知識や経験を習得して
是非、夢の中で【よしやってみるか!】と挑戦してみてください。

その頃にはきっと夢を操れるようになってると思います。

必要なのは
夢に対する熱い気持ち
夢に対する知識
物語を共に歩む仲間

さぁ、あなたは人生の主人公。
どんなことをしたい?

物語の途中、たくさんの人に出会い夢を語り
その宝の箱を開けてもらってみてはどうでしょう?

この絵は僕が以前描いた絵で
主人公となる自分が宝の箱(夢や希望)を背負って物語を旅しているところ
そこで出会った他の旅人に自分の夢や希望を語ると
その宝箱を開ける【鍵】を握ってる人に出会える。と、いうもの。

セレンディピティ
偶然ではなく必然。

昨日もお店によく来てくれている画家のMine君、ミュージシャンを目指す友近君。
彼らは、たまたま居合わせたこの店の大家さんに夢を語り
「ほーか、それならやってみるか?」と、チャンスを頂いてました。

Mine君はおよそ36平方メートルの屋外大型キャンバス+それにかかる画材代
友近君は松山の繁華街ど真ん中の大きな箱での単独ライブ会場の使用権

このタイミングで、この場所に居て、夢を語ってたから
得られたものですね。

少しずつ、夢に対する想い、知識、経験、物語を共に歩む登場人物など
準備が出来たら

さぁ・・・物語りのはじまりだっ!

この記事を書いた人

岩井 隼人
岩井 隼人CREPE & CAFE Hi5 オーナー
2009年の東日本大震災をきっかけに【便利になりすぎた日本】で何不自由なく当たり前のように生きている自分が嫌になり言葉も地理も分からない東南アジアを携帯電話やインターネットの環境も断ち、2カ月間バックパッカーをして何も無い体一つの状態で生活してみる、そこで沢山の人々と接して生活していくなかで人とのコミュニケーションの大切さを知る。

コミュニケーションの大切さや日本の良さ、これからの日本のあり方を若者やお年寄りの方と話し合えるような場所、人が集まるような場所を作りたくて「老若男女集まるにはクレープ屋だ!」と、思いクレープ屋をはじめる。

多くの人に生きる喜びを伝えていきたいです。

このままでは人間は人工知能に支配される。と、本気で思っている(笑)

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