お手紙

どうも世界一きっかけを与えるクレープ屋Hi5です。

さて今日はお手紙について書いていきたいと思います。

その前に先日、俳句の弟子(マダムおばあちゃん)とメールのやり取りをしていた時の事を少しお話したいと思います。

先日仕事帰りに、別のクレープ屋さんの知り合いとばったり会いました。
彼女は夜桜の帰りと言ってました。

そこで弟子(笑)に向けて

自然

について俳句を送りました。

月明り
グラスに落ちる
桜かな

桜は人が飽きる前に散ってしまいます、それが桜の良いところなのでしょう。
限られた時間で自然に逆らわず、なる様になる。

どのような状況でも一年のうちに一度は精一杯咲いて、無理をすることなく舞い落ちる。
桜の花びらは、しがみついたりはしませんよね。
自然に生きるとは、自然に逆らわないという事でしょうか?

人間も自然に笑えるように楽しく生活できれば、どれほど幸せなことでしょう。
人間にとって自然に生きるとは、どのような事を指すのでしょうか?
笑う事でしょうか?
誰かのために働くと言う事でしょうか?
親や上司の言うことを聞く事でしょうか?

自然に生きるのが難しくなってきた現代社会では
不安やストレスが原因で新しい病気もどんどん発見され
人々が自然に生きてるとは程遠く【しなければならない】を選んでる人が多いと感じます。

話は戻りますが桜が散りはじめ葉桜になる前に慌てて
お花見を夜に開いた宴の途中、気が付けば桜はおろか話に花が咲いて桜など見ておらず
グラスにひらりと舞い落ちた桜の花びらを見て我に帰り
季節を感じ月を見上げる様を詠みあげました。

何事にもきっかけが大事で、この場合は
【桜が散る前に花見】
をきっかけにして
【気の合う知人】と【リラックスした時間を共に過ごす】
事がなにより自然体だと感じました。

人は毎日、いろいろな選択肢の中から、選択をして生きていかなければなりません。

【しなければならない】ではなく
【したい】を選んでいくとどれほど自然に生きられるでしょうか。

それこそが自然体と言うものでしょうか。

~~~~~~~~~~ここまで~~~~~~~~~~~~~
などと偉そうにメッセージを送ったりしておりますが
これはみんなそう感じるときがあると思います。

では本題に戻ります。
お店に良く来てくれていた高校生が
「勉強嫌い」「塾行きたくない」など、お店で愚痴をこぼしていた頃
僕は勉強についてこう話しました。

高校で習う勉強は社会に出て使うのか?と聞かれたら分からない。
しかし、自分が将来入りたい企業に行くためには専門の勉強をしないといけない
それは高校では教えてくれず、希望の大学で勉強する必要があるとするなら。
その大学へ入るための手段として【学力テスト】がある。

お前が勉強を嫌いと言ってるのは【しなければならない】と勉強をしているから。
親が塾に通わせたり、大学へ入って環境が変わっても今のままじゃ勉強はできない。
自分は〇〇の大学へ行って勉強したい!だから、入学試験に合格するために
塾で勉強を【したい】という意識に変えないとむり。

懲りもせずその生意気な学生は良くお店に来ては僕の話を真剣に聞いてました。
むろん僕は学校で勉強などほとんどしたことがなかったので、勉強のやり方は
教えてあげることはできませんが、コツはいくつか教えました。

しばらくするとその学生は「成績があがってきている」と、報告しにきてくれました。

そして「勉強したいから当分お店にはこれない」と、言い残して帰りました。

その学生が置いて帰ったノートをしばらく放置して5日ぐらいたって
整理してたら一枚の紙が入ってました。

それは学生が僕に向けて書いた手紙でした。

要約すると
今の目標よりもっと上の国立大学を目指して勉強すること。
そのために今は一生懸命勉強をすること。
お店ではみんなが生意気な自分に対していろいろな事を教えてくれたこと、それによって自分がやるべきことに気付けた事。
人に迷惑をかけずに、自分のやりたい事を精一杯やっていくこと。
それが今の自分にとっては【勉強】だと言う事。
Hi5が僕の人生を大きく変えてくれた、いつか自分もそちら側になってたくさんの人々の人生にきっかけを与えていきたい事。(Hi5でバイト)
まぁ成功するけん楽しみにまっとってや。

と、見にくいオレンジのペンで書いてありました。
お客さんからは結構こういった手紙をいただくのですが
これが僕の夢でもあります。

【学生たちと接して、人生において精一杯努力すること】
【5年後10年後お店に戻ってきてくれて、その時の昔話をすること】

いつまでも・・・笑いながら知り合ったみんなとたくさん話をする。

この記事を書いた人

岩井 隼人
岩井 隼人CREPE & CAFE Hi5 オーナー
2009年の東日本大震災をきっかけに【便利になりすぎた日本】で何不自由なく当たり前のように生きている自分が嫌になり言葉も地理も分からない東南アジアを携帯電話やインターネットの環境も断ち、2カ月間バックパッカーをして何も無い体一つの状態で生活してみる、そこで沢山の人々と接して生活していくなかで人とのコミュニケーションの大切さを知る。

コミュニケーションの大切さや日本の良さ、これからの日本のあり方を若者やお年寄りの方と話し合えるような場所、人が集まるような場所を作りたくて「老若男女集まるにはクレープ屋だ!」と、思いクレープ屋をはじめる。

多くの人に生きる喜びを伝えていきたいです。

このままでは人間は人工知能に支配される。と、本気で思っている(笑)

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